最高裁判所第一小法廷 昭和29年(オ)67号 判決 1955年3月24日
主文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人の負担とする。
理由
上告代理人弁護士渋谷又二の上告理由について。
公職選挙法八九条においては、「……地方公共団体の公務員は在職中、公職の候補者となることができない。……」と定めている。これは公務員が在職中公職の候補者となつて選挙運動をする弊害を防止せんとしたものである。また、同九〇条においては、「前条の規定により公職の候補者となることができない公務員が、公職の候補者となろうとする目的をもつて公務員たることを辞する旨の申出をした場合において、その申出の日から五日以内に公務員たることを辞することができないときは、当該公務員の退職に関する法令の規定にかかわらず、その申出の日以後五日に相当する日に公務員たることを辞したものとみなす」と規定している。これは、一方において民主主義の下に公務員が退職不承認のために公職の候補者となる自由を奪われることのないことを定めると共に、他方において公務員の退職申出により即時に退職することによつて生ずる行政上の不便を除かんとする趣旨に出でたものである。そして、本件においては法文字句の不完全の故に、「その申出の日から五日以内に」とある字句と「その申出の日以後五日に相当する日に」とある字句の解釈が、主たる論争の的となつている。同九〇条は、公務員が公職の候補者となろうとする目的をもつて公務員たることを辞する旨の申出をした場合において、「その申出の日から五日以内」すなわち申出の日の翌日を起算日として五日以内に退職の承認がないときは、その退職の承認がないと確定したときに、公務員を辞したものとみなす趣旨の規定であると解するを相当とする。同条に「申出の日以後五日に相当する日」とあるは、申出の日の翌日を起算日としてその後五日に相当する日の終末すなわち前述のごとく退職の承認がないと確定したときと解すべきものである。若し、申出の当日をも含めこれを起算日として五日に相当する日の終末と解するにおいては、退職の承認の有無が確定する一日前に辞職したものとみなされる不合理なこととなり、従つて立候補して選挙運動を開始した後に退職が承認される事態も発生する不都合な結果を生ずるに至るであろう。それ故、同条全体の合理的な解釈としては到底これを認めることはできない。
そこで、本件についてみるに、地方公共団体の公務員たる村助役の訴外加来が村長選挙に立候補のため村助役退職の申出をしたのは四月十四日であり、同人は四月十九日立候補届出をした。そして本件選挙において立候補届出のできる最終の日は四月十九日であつた。それ故、本件においては前記のごとく退職の承認がないと確定したときすなわち四月十九日の終末には、同日なされた訴外加来の立候補届出は効力を発生したものと見るを得べく、そして本選挙の立候補届出の最終時は四月十九日の終末である。従つて、当選人訴外加来の立候補は、公務員の立候補の制限に違反することなく、同人の立候補を有効であると判断して上告人の請求を棄却した原判決は、結果正当であり、論旨は採ることを得ない。
よつて、民訴四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 真野毅 裁判官 斉藤悠輔 裁判官 岩松三郎 裁判官 入江俊郎)